今年1月中頃に流行の兆候を見せた新型コロナ・ウィルス(COVIT-19)でありますが、WHOにおいては1ヶ月半以上も放置し、3月11日にようやくパンデミックの宣言をした次第であります。

この間に、中国のみならず、欧米で爆発的な感染が蔓延した訳です。殊更、米国においてはこの二ヶ月余りを経て死者8万人を超える壮絶な状況に至っております。かつての10年以上に及んだベトナム戦争での戦死者6万人をなるかに凌ぐ数字であります。しかも、兵士ではなく、一般の米国民であり、まして、戦地ではなく、米国内で命を落としており、未だ、その数は増えている現状であります。

欧米各国においても、同様に収束への術が見当たらず、「lock down(都市封鎖)」という強硬手段に出たものの、徐々に市民活動や経済活動の限定的復帰を模倣する傾向に向かおうとしておりますが、未だそのリスクは予測出来ない状況でもあります。

片や、我が日本においても、国家を挙げてこのパンデミックに立ち向かう姿勢に変わりありませんが、不思議なことに、欧米先進国に比べ感染者数や死亡者数が極めて少ない水準を保つことが出来ている訳であります。

前回も申し上げましたように、世界共通の災禍に見舞われて初めて「ワーディング(wording)」の重要性が注目された訳であります。グローバルな警鐘を広めるために、当初取り上げられた「ロックダウン(lock down)」、「オーバーシュート(overshoot)」、「クラスター(cluster)」等の言葉に異論を唱える日本の某政治家もいましたが、現在の「ステイホーム(Stay Home)」は世界共通のコピーとなっております。因みに「キャッチコピー」は和製英語です。

また、日本においては過去から英文を使った勝手なワーディングを多々発して来た事実もあります。昨日、東京都医師会の記者会見で「ステイホーム」と並んで「Stay Positive」と「Stay Active」というスローガン(slogan)が掲げられておりました。心は解るワーディングではありますが、この時期にあえて「陽性」を意味する「ポジティヴ」と「自粛」に反する「アクティヴ」を使うセンスに違和感を覚えたのは私だけではないでしょう。

「ソーシャル・ディスタンス(social distance)を守ろう」も英文で言えば、「social distancing」で済み、「自粛」に対しても「self-isolation」という造語が出て来ております。「isolation」という単語は徳川時代の「鎖国」にも用いられております。