本日4月7日、我が国政府は「緊急事態宣言(Declaration of a State of Emergency)」を発信致しました。私の居住する福岡県も対象となりました。

この「緊急事態宣言」は、2011年の東日本大震災の際の福島第一原子力発電所のメルトダウンの発生においても当時の民主党政権で「原子力緊急事態宣言」として政府が宣言した事実がありましたが、これは、今思えば極めて限定的であったと思います。

米国においては、今回のパンデミックに対して、トランプ大統領は明確に「National Emergency」と表明しております。これは、日本語訳的には「非常事態」となり、言わば「有事下」もしくは「戦時下」となります。従いましてトランプ大統領は「This is under the war」とまで言っております。彼は、正に、真珠湾攻撃や9.11の多発テロと同様に捉えていることが解ります。

国内で、今回のパンデミックでの日本政府の横文字発信を非難される論調が見られますが、例えば、クラスター(cluster)やオーバーシュート(overshoot)やロックダウン(lock down)なんて言葉に非難がありましたが、これこそ、世界が共通の災禍に見舞われたことにより情報の共通の必要性が問われた訳でありまして、グローバルな世界であるために言語の共通性を求められた現実と捉えて戴きたく考えます。そこに、英語の力が示された訳であります。

また、冒頭の「National Emergency」の意味合いですが、日本では「緊急事態」と異なって「非常事態」という訳を使っております。トランプ大統領が発する「National Emergency」という言葉には、正に「国家の危機」という意味が深く感じ入る訳で、「この国の危機に国民が面する」という意味合いであり、本日発せられた安倍総理の「緊急事態宣言」には「この国」という部分は感じられず、まして、1都1府5県で限定されると、この国の覚悟の不安定さを感じざるを得ません。

日本国憲法第9条の改定においても、「戦争を永久に放棄する」とはあるものの、「パンデミックや災害を放棄する」とは言えない現実を考えることも重要であり、「専守防衛」をベースとするこの国の国防に、感染病に対する「防疫」及び、災害に対する「防災」を加えた真の「国防」を構築することが、今、一番望まれる時期であります。

1918年の「スペイン風邪」以降の100年後のパンデミックであります。現在地球上に存在する人類が経験したことのない状況に面しております。私も昭和29年生まれの「戦争を知らない世代」ではありますが、このパンデミックは、かつての太平洋戦争と捉えるべきではないかと、とも考えております。国家は、国民の命を守ることを最優先と考え、国民は自身の命を守ることに専念することが国家の未来に資する、なんて、考える今日であります。