2020年は東京オリンピクの年で、私個人としては、NHK大河「いだてん」ロスで年を超えた感じでありましたですが、実際は、極めつけのカルロス・ゴーン逃亡劇でかつて経験のない「めまい(vertigo, dizzy)」に見舞われるハメとなりました。

次に、明けて3日の米国によるイラン・ソレイマニ司令官殺害攻撃のニュースは「すわ!米・イラン全面戦争突入」を確信させるもので、当然のイラン側の「報復攻撃(retribution attack)」が懸念され、更なるカウンターが危惧されたされで訳であります。

先のゴーン氏でありますが、正直、盗人猛々しい「大罪人(the con)」であります。彼は、1999年当時、財政危機にあった日産のルノーへの資本提携の申し入れを受けてCOOとして派遣されてきた訳であります。同時期に、私は名古屋において鉄鋼製品を取り扱っており、もちろん、各自動車メーカーとのお付き合いもありました。

当初、日産の救世主のように捉えられる向きがありましたが、業界を知る私たちには、甚だ、かつての黒船でやって来たペリーのごとく、「コストカッター」と称された彼の手法は国内のあらゆる業界に大きな弊害を余儀なくした訳です。特に日本の鉄鋼業界において、世界最高技術基準の日本の自動車鋼板の取引は、新日鐵(現日本製鐵)とトヨタ自動車との間で価格取り決めの交渉が行われ、国内の他の鉄鋼メーカーと各自動車メーカーはその基準の下に取引を行うとのシステムであった訳でして、そこにゴーン氏が「安いモン勝ち!」の理屈をゴリ押して来た経緯で、何もかもがどん伝返しとなりました。(まあ、2000年当時のバブル崩壊後の企業再生の基本的なロジックではありますが、今となってはあまりに稚拙かつ幼稚で話になりません。)

結果、彼は新日鐵の逆鱗に触れることとなりますが、その陰で、トヨタは新日鐵からの圧力から解放され、ほくそ笑むこととなります。一見、ゴーン氏は日産の「リバイバル戦略」を元に再建の立役者としてメディアに評価されて行きますが、実態はそうではなく、彼が日産という企業の資産の私物化を図る素地ができ始めていたのです。日産は、トヨタやホンダやスズキのような創業者企業と異なり、戦前からの国策企業で始まった自動車メーカーであり、故に、他社と全く違った企業体質を有し、本社も銀座の一等地に固守するような企業でありました。従って、歴代経営者も社員も極めて甘い体質で、1999年のルノーとの資本提携の話の時点でも、経済界の多く意見では民事再生での破綻を求める方向が多かったと記憶しております。もし、そうしていれば、ゴーン氏のような極悪人が日本に来ることはなかった訳です。

彼は、私と同じ1954年生まれの65歳で、レバノンという当時中東の「犯罪のスクランブル」と称された国に生まれ、その後、ブラジルに移り住み、父は殺人者とされながらも、仏国の最高峰である「グランゼエコール・ポリテク」までの資格を得て、仏トップ企業の経営クラスを歴任した訳で、私にはミステリーだらけの人物であります。一つだけ言わせて戴けますと、彼の話す英語には大きな違和感を感じざるを得ません。初めは、フランス人訛りと受け取っておりましたが、今は少し違って・・・ゴーン訛りのように聞こえます。加えて、この男、伸長165㎝の子男です。こんな極悪人は、正直、ゆ・る・せ・ま・せ・ん!

今回は、ここまで、to be continued.