芸能ネタではありませんが、「一線を越えていない」との言葉が飛び交っています。

この「一線」ですが、英語表現では “the line” とか “a boundary” が適当と思われます。

「一線を越えてセックスに踏み切る」という表現では、”cross the line to having sex” と表現されますが、「彼女とは性的関係には一線を画している」と言うなら “I’m keeping a sexual distance from her.” となります。

本当はこの「一線を越える」という表現は、他にも多く耳にしています。

例えば、現在進行中の北朝鮮の米国への挑発に対して米国では、”red line” という言葉が使われております。これは、米国が北朝鮮に対して軍事的攻撃に踏み切る限界状況を指し示す表現と捉えられております。先日、米ヘイリー国連大使が安保理で発言した “Our country’s patience is not unlimited.” 「我々の国の我慢は際限なくある訳ではない」という表現を日本のメディアは「我慢の限界」とまで意訳しておりました。

かつて1962年に James Jones によって発刊された小説で「シンレッドライン “The Thin Red Line”」があり、1998年に映画化もされております。この映画は太平洋戦争でガダルカナル島での日本軍に立ち向かう勇敢な米国兵の物語でありますが、現在に至ってもこの邦訳は明確ではありません。

ワード的には、「菲薄な超えてはならない一線」と感じますが、どうやら「少数精鋭」的な意味合いが通説のようです。

日本語では、「赤線」をイメージしますが(これはかなりの年配者しか通じない単語ですが)、私的には一番印象的な表現としては、「オペラ座の怪人 “The Phantom of The Opera”」の中の台詞で “A Point of No Return” であります。主人公のクリスティーヌが怪人に逢いに行く場面で流れる名曲で歌われるこの言葉はとても心に響くものであり、「もう元には戻れない一線」であります。昨今の芸能人やら政治家やら、もっと言葉を大切にして戴きたいものですね。